2003ボラカイ島ツアー

ボラカイツアー2003

2003年11月の三連休を使って石垣島に行こうという話が、「この時期、石垣はあまりいいシーズンではない」という話で変更になり、以前から誘われていたフィリピンのボラカイ島に行くことになりました。ヨーロッパの人々が絶賛する白い砂浜と青い海は最高。ダイビングも大いに楽しめたのですが、バリアフリーの面は、かなり辛い状態でした。しかし今となっては楽しい思い出。そのボラカイ・ツアーの模様をリポートします。今回は、ダイビングツアー・リポートと言うよりは、バリアフルな環境への挑戦リポート的な色が濃くなってしまいました。


マニラ到着 トラック
 ボラカイ島に渡る人たちは厳重にチェックされます。僕らも荷物やダイビング器材を全部開けてチェックされました。このおかげでボラカイの治安は保たれているそうです。さぁ、桟橋に。ところが船を見てビックリ!バンカーボートと呼ばれる船は、両側に張り出したアームに竹製のフロートを付けたもの。フィリピンの船はほとんどこのタイプだということです。「横付けできないじゃない。どうやって船に渡るの?」すると船長は幅20センチほどの長い板を指さしました。この上を渡るのか・・・ しかし引率の斎藤さんは「大丈夫、大丈夫。人手はいくらでもあるから。」結局僕は、2人のフィリピン人に両脇から抱えられ、幅20センチの板の上を渡るのを、もう2人が支えるという方法でボートへ。しかし、今度は船室への開口部の幅が狭いため、足と胴を別々の人が持ち、地面と水平になる姿勢で足から船室へ。やっと座席に座ることができました。
 ホッと一息。キレイな青い海の上をバンカーは快適に走り、20分ほどで青い海の中に真っ白い砂浜が見えてきました。本当にキレイなビーチです。「後は上陸だ」

カティクランへ
 国内空港は国際空港とは違い、アメリカのバス乗り場のような雰囲気。待合室にミスドがあったのにはビックリ。友人はドーナツを買って食べていました。待合室からスロープを降りて飛行機へ。英語で「タラップか?」と聞くと「ノー」と言っていたのに、飛行機に着くと、機体のドアがそのまま階段になるタイプ。まぁしょうがないか、と両脇から抱えてもらって座席へ移動。ダッシュ7という46人乗りのプロペラ機は、あっという間に離陸して行きました。離陸後、数人しかいなかった乗客は、懐かしい感じの駄菓子の詰め合わせと、カップのジュースを配られ、食べているうちに、カティクランの空港へ着陸。また、担がれて降り、車椅子へ。青空の下、南国の小さな空港という感じで気持ちも盛り上がってきました。
飛行機 飛行場
ダッシュ7と乗降口 カティクラン空港

港へ トライシクル
 空港の外に出ると、ボラカイのホテルのオーナーのファディさんが迎えに来てくれていました。だんだん英語が通じなくなってきていたので、英語と日本語がペラペラな彼の登場でちょっと安心。「後は船に乗るだけだ。」
 ところが、港まではちょっと遠いということで、次の交通手段はトライシクル。オートバイの横にリヤカーを付け、屋根をつけたような乗り物です。「今度はこれに乗るの?」肩を借りて座席にトランスファー。振り落とされないように掴まり、舗装もしていないドロ道を港に向かいます。
 僕は旅行のときは必ず車椅子に使用しているクッション以外に、もう一枚クッションを持参していますが、今回は特に役立ちました。硬い座席に直に座って悪路を走ったら、それこそ褥瘡(床ずれ)になってしまうでしょう。5分ほどで港に到着。「後は船に乗るだけだ。」

バンカー ボラカイへ
 ボラカイ島に渡る人たちは厳重にチェックされます。僕らも荷物やダイビング器材を全部開けてチェックされました。このおかげでボラカイの治安は保たれているそうです。さぁ、桟橋に。ところが船を見てビックリ!バンカーボートと呼ばれる船は、両側に張り出したアームに竹製のフロートを付けたもの。フィリピンの船はほとんどこのタイプだということです。「横付けできないじゃない。どうやって船に渡るの?」すると船長は幅20センチほどの長い板を指さしました。この上を渡るのか・・・ しかし引率の斎藤さんは「大丈夫、大丈夫。人手はいくらでもあるから。」結局僕は、2人のフィリピン人に両脇から抱えられ、幅20センチの板の上を渡るのを、もう2人が支えるという方法でボートへ。しかし、今度は船室への開口部の幅が狭いため、足と胴を別々の人が持ち、地面と水平になる姿勢で足から船室へ。やっと座席に座ることができました。
 ホッと一息。キレイな青い海の上をバンカーは快適に走り、20分ほどで青い海の中に真っ白い砂浜が見えてきました。本当にキレイなビーチです。「後は上陸だ」

到着 到着
 ボートの底が、ザザッと砂にめり込む感じでバンカーボートが止まりました。ところがそこはまだ水の中。そういえば港で「短パンに着替えられる人は着替えて」と言ってたのを思い出しました。でも車椅子の場合は?「大丈夫、大丈夫。人手はいくらでもあるから。」と斎藤さん。まず、短パンで裸足になった人たちが水の中を歩いて渡ります。次に何人かの女性が人足の片方の肩に座るように担がれて渡っていきます。他の船では、肩車してもらって渡っている人もいます。後で聞くと、ここで渡るのを助けていた人たちは、それが本職の人足さん達。この島にも桟橋を造る計画があるそうですが、桟橋ができると、この人たちがみんな職を失ってしまう、というのが問題だそうです。

上陸 上陸
 最後に僕の番がやってきました。まず、車椅子が砂浜に運ばれ、クッションがセットされました。僕は、また横向きにされて運ばれ、船の上から水の中に立った人の肩に下ろされました。肩車しようとしている!!下半身麻痺の人を肩車しちゃダメでしょ。「肩車はダメダメ!」ところが手伝っていた数人の現地の人足さん達には英語が通じません。肩車されたとたんに、ドボン!僕の両足はスニーカーごと海水に浸かってしまいました。「だから言ったでしょ!」でも、それも通じません。結局、肩車する者、足を持ち上げる者、後から支える者、左右から支える者、5人に水の上を運ばれて車椅子へ。後で写真を見たら顔が引きつっていました。
 やっと車椅子に到着したものの、くるぶしから下がズブ濡れになってしまい、ブルーな気持ち。その上、砂はパウダーのように細かく、今回のためにオフロード用のタイヤを付けてきた僕の車椅子でも全く進めません。また、2〜3人に助けられてビーチの上のメインストリートへ。ところが、メインストリートと言っても砂地なのです!!踏み固められていたので、何とか自分で動くことができましたが、先が思いやられるボラカイ到着でした。

ホテル

ホテルへ
 メインストリートから1本路地を横に入ったところにファディさんのホテル、ハイランド・スプリング・リゾートはありました。英国人が手放したものを購入して、改築したとのことで、本職は家具屋さんだけあって、木や竹をふんだんに使い、緑も多い、とてもいい雰囲気のホテルでした。しかし、入口に数段の階段があり、数段上がって、数段降りる、という作業が必要でした。最初は力ずくで運ぼうとしていたホテルの従業員に斎藤さんが運び方を教えました。
ホテル  このホテルでは日本で看護婦さんをしていてボラカイに移住した千鶴さんが働いています。タガログ語もペラペラの彼女にはツアーの間、色々とお世話になりました。
 ロビーの横に部屋のある棟があり、僕の部屋はロビー近くの1階でした、入口に少し段差がありましたが、ドアの両側を掴んで問題なく入ることができました。竹を組んだ上にマットレスを乗せたベッドと便器、洗面、シャーワーだけの簡単な造り。バスルームにも一段段差がありましたが、これも問題のない高さでした。
 荷物を開けているとファディさんが入ってきて、ベッドの高さを上げることができると言ってくれました。竹をもう二段組んで上げると、ちょうど車椅子の座面と同じ高さになるので、お願いすると、従業員がやってきて、すぐにベッドの高さを変えてくれました。ナイス・サービス!
 夜はビーチに面したタイ料理屋で食事をしました。ヨーロッパを中心に世界中から人がやって来ることで、世界中の料理のレストランがあるのもボラカイの特色だそうです。


ダイビング初日
 朝食はロビーのテーブルで食べました。特に、スイス人のベーカリーで焼きたてを買ってきたというパンと穫れたてのフルーツは最高に美味しかったです。特にバナナは、青いうちに収穫して日本に持ってきたものと違い、熟れてから穫ったものなので、バナナ自体が熟れていて少し茶色くて、今までに食べたどのバナナよりも美味しいものでした。
 今回使用した現地サービスは、アイランド・スタッフ。ビーチの東端にあるので、トライシカットと呼ばれる自転車の横にリヤカーのついたものでダイビング器材を運んでもらいます。僕はまた車椅子を押し、砂の柔らかいところでは押してもらってショップにたどり着きました。今回のガイドは、ゆーりんこと坂中優子さん。ショップや施設の説明を聞いて、セットアップしてもらった器材を確認し、ポイントを決めました。深いポイントを最初に、ということで、沈潜で、けっこう深い「カミアII」を1本目に決定。ボートに向かいます。
ショップ ショップ
ショップへの道 ショップからボートに乗り降りしたビーチ

ボート
 「えっ!ダイビングボートもバンカーボートなの?!!」いままで行ったほとんどのリゾートのダイビングボートは後方のステップからエントリーできたりして、全く心配していなかったのですが、バンカーとは意外でした。その上、1ダイブごとにショップに戻って来るということ。いくら人手はいるから、と言っても・・・しかし、ここに来てジタバタするわけにもいきません。無理をして自分の力だけでやることも物理的に不可能なので、ここは諦めて身を任せることにしました。
 水内際まで車椅子で行って、両側から抱えられてボートに行き、みんなが乗り降りに使う幅20センチの板の上に乗せられます。次にボートの上にいるスタッフにバトンタッチされ、上から2人がかりで引き上げ、支えられながらボートの縁を横に移動して床に座りました。
ボート 乗船
砂浜は前輪を上げて ボートに上がるのに5人がかり?

初ダイブ
 フィリピンでの初ダイビングとなる今回のボラカイツアー初日の1本目のポイントは、水深30mに横たわる沈船・カミアIII。潜行して行くと水中は少し白っぽい感じでしたが、透明度は20mほどありました。船の上にはツバメウオ、アカククリ、スミレハナダイをはじめとするたくさんの魚。見たこともない魚も何種類かいました。甲板から降り、船の側面に沿って進んで行くと、初めて見るクロスジリュウグウウミウシとシラナミウミウシを発見。写真に納めます。その後も甲板の上や後部の棟の付近で写真を撮りました。最大深度が28.7mと深かったため、25分ほどで浮上を開始し、安全停止して39分で浮上。とても楽しめた初ダイブでした。
初ダイブ1 初ダイブ2
透明度はイマイチ、でもおもしろかった! 船の側面で見つけました

 船に戻ると、船に上がるという作業が残っていました。喫水線がかなり下であるため、いつもであれば、ハシゴを両手で掴んで体を上に引き上げ、後ろから支えてもらいながら更にハシゴの上を掴んで体を引き上げるという方法をとります。ところがハシゴを掴んで体を上げようとすると、現地人のスタッフ2人が僕の両手を掴んで引き上げ始めました。自分の力が使えずにぶら下げられた状態。「痛い痛い!」叫んでも言葉は通じません。これは辛かったです。自分の筋肉をっかうよりも、ぶら下げられた状態で耐えるために使う力の方が、何倍も僕を疲れさせることが分かりました。ダイビングごとにこれは辛い!なんとかしなければ。その上、一回ごとにショップに戻るダイビング・スタイル。ビーチに戻ると、また数人に担がれて車椅子へ、そして数段の階段を上がってショップへ。こんなに、人に担がれたり、運ばれたりしたことのない僕にとっては、かなりのストレスでした。

2本目
 2本目はバリンハイと呼ばれるポイント。10mくらいの場所に潜行して、砂地を深場に向かいます。20m以降の砂地にはガーデンイールやハナヒゲウツボの成魚、そしてヤノダテハゼやヒレナガネジリンボウがたくさん。夢中になって写真を撮っていると無減圧潜水時間が10分を切りそうになったので浅場に移動。浅場にはクマノミ、ケラマハナダイ、ソメワケヤッコ、フタスジタマガシラ、ミナミハコフグそしてソリムシコモンエビなどが見られました。バリンハイは広いので、途中からドリフトする予定でしたが、けっこう砂地で時間を使ってしまったこともあってボートに戻り、47分のダイビングを終えました。南国らしいポイントでした。
2本目 2本目
クリーニング・ステーション 何時間でも過ごせそうな砂地でした

 楽しいダイビングの後は辛い時間。また船に引き上げられ、ビーチに戻ると、また数人に担がれて車椅子へ、そして階段を上がってショップへ。階段の上げ方も担ぎ方も、簡単な方法を教えたいんだけど、言葉の問題、そして考えるより先に行動してしまう現地スタッフ。なんとかせねば。

3本目
昼食は、ショップのとなりのレストランで。フィリンピン風のグリル料理はけっこう美味しかったです。しばらく休んで3本目のダイビングへ。また、階段を降ろされ、砂浜を渡り、船に担ぎ上げられます。
3本目のポイントは、有名なリゾートであるフライデーズのビーチ前のフライデーズ・ロック。とても魚の多いポイントで、カクレクマノミやトウアカクマノミ、パープルビューティ、ソメワケヤッコ、ニチリンダテハゼ、フィリピンの魚・メラネシアン・アンティアス、大きなバラフエダイ、サザナミトサカハギ、ミゾレチョウチョウウオの群、オランウータンクラブ、そして様々なウミウシなど、これぞトロピカルという感じのポイントでした。明るくて写真を撮るにもとても良く、最大深度18m以下でのダイビングだったので、1時間近くも潜ってしまいました。
海は最高、だけど、ボートの乗り降りと下船が辛い、という天国と地獄のようなボラカイ・ダイビングの初日でした。
3本目 3本目
海の中は最高でした! 人気のカクレクマノミもたくさんいました。

ビーチからボートへの乗り降りが6回、海からボートへの乗り降りが6回、計12回も担がれたり引き上げられたりし、ショップへの階段の上り下りが10回。砂浜の移動が6回。ショップとホテル間の長い砂の道が2回。手伝ってもらったことは感謝しているけれど、自分の力も使うので、かなり体力を使いました。海は最高、だけど、ボートの乗り降りと移動が辛い、という天国と地獄のようなボラカイ・ダイビングの初日でした。

ボラカイ2日目の夜
 3本目のダイビングを終え、ゆーりんに魚の名前を教えてもらいながらログを付けました。そしてホテルに向かって出発。メインストリートをまっすぐ進んで行くのですが、それは砂の道。今回は車椅子の後輪にオフロード用のタイヤ、前輪に空気入りのキャスターを付けてきたのですが、砂の硬い部分はなんとか走れるものの、砂の柔らかいところや起伏の激しいところは押してもらわないと進めませんでした。途中のお店でミネラルウォーターを買って、ホテルに到着。入口の階段を上げてもらい、下げてもらって自分の部屋へ。このホテルはバスタブがないので、車椅子のままシャワーを浴びます。ベッドに寝ころんで洋服を着替え、夕食までちょっと仮眠をとりました。
帰り道 夜のホテル
 30分ほど寝て、起きると、身体が重く、筋肉痛と虚脱感、そして熱っぽいので。フラフラ。できることなら、このまま部屋で休んでいたい気分なのですが、ホテルには夕食を食べるサービスはないので、仕方なく出かけることにしました。
 また、砂の道のメインストリートを押したり押されたりして、今まででは一番遠くまでビーチを西に進んでポルトガル料理屋へ到着しました。ボラカイはヨーロッパの国々から人が集まるので様々な国の料理屋があるのです。この日のポルトガル料理はファディさんのお薦めで、新鮮な海の幸を使用したシーフードが中心でした。みんな喜んで食べていましたが、僕は疲れとストレスであまり食欲が出ず、スープ中心の簡単な食事をとりました。
 また砂の道を押して帰り、やっとホテルに到着。ところがホテルの電気がついていません。気が付けば周りも真っ暗。停電です。この瞬間に、蓄積されてきていた僕のストレス・レベルがピークに達し、倒れそうになりました。停電が復旧するのを待って、自分の部屋へ。倒れるように眠りました。

3日目(ダイビング2日目)
 ダイビング2日目の朝、普段なら一晩寝れば疲れがとれるのですが、まだ身体のだるさがとれず、呼吸も荒い状態です。朝食に行くと、ファディさんが心配してくれて「そんな状態で潜れるかい?」と尋ねました。僕は、食事をしてショップに行って、具合が悪ければ潜らないことを伝えました。
 砂の道を押してもらいながらダイブショップに向かいます。途中のお店でミネラル・ウォーターとタガログ語のラベルの貼られたリポビタンDを買いました。昨日は、水分補給が少なかったこともフラフラになった原因かもしれません。
 ショップに着いてダイビングの用意を始めると、元気が出てきました。東京にいるときでも、ダイビングをすれば元気になる、と言われているのですが、脳がリフレッシュされてストレスが解消できることが、その理由なのでしょう。だから、仕事に疲れていてもダイビングに行って、帰ってくると元気になってしまうのです。ただ、この時点では、潜ってみて調子が悪ければダイビングを中止するか、1本でやめよう、と思っていました。
2日目 2日目
朝は、まだ調子がイマイチ ダイビングの用意を始めると元気が出てきました。

1本目
1本目はヴァージンドロップ。潜行してピンクスクワットロブスターを見てからドロップオフの上側をドリフトしながら魚を見て行きます。ゆるやかなドリフトなので、ウミウシなどもたくさん見つけることができました。とてもウミウシの多いポイントで、初めて見ることのできたクロカブトウミウシ、コールマンウミウシ、シレーナイボウミウシ、アンナウミウシ、そしてコールマンウミウシの写真を撮りました。先日同様の多くの魚に加え、ヤッコエイが泳いでいくのが見れました。
 潜りながら自分の状態を確認すると、とてもいい感じ。その上、空気の消費量はいつもより少ないくらいです。これなら2本目も行けそうです。このダイビングはドリフトだったので、みんなで一緒に浮上し、シグナル・フロートを上げて、ボートを待ちます。しばらくしてバンカーボートがやって来ました。あ〜、これがいつもドリフト・ダイビングしている神子元だったらボートのリア・ゲートが下がって簡単に拾ってくれるのになぁ。でもここはボラカイ、また昨日と同じ方法です。途中までハシゴを上がると両手を引っ張られます。昨日は自分の筋力を使いすぎて疲れたのだと考えた僕は、今日はされるままにしてみようと決め、身体をあずけました。たいした差はありませんでしたが、昨日よりは疲れないようです。下の写真は、かなり気に入っているウミウシの写真2枚です。
2日目 2日目
コールマンウミウシ クロカブトウミウシ

2本目
 1本目が終わってショップに戻ってきました。朝とは比べものにならないほど体調が回復した僕は2本目も潜ることにしました。
 2本目は、初日に潜ったバリンハイを、今度はドリフトで潜ることにしました。昨日は魚の多さに興奮して写真に夢中になり、無減圧潜水ぎりぎりだったので、深場の砂地ではあまり粘らずに進み、昨日行かなかったポイントを中心に写真を撮りました。今日見たものは、アオスジテングダイの群、カクレクマノミ、クマノミ、ケラマハナダイ、ソメワケヤッコ、ヤノダテハゼ、モンハナシャコなど。2回潜っても、まだ飽き足らないバリンハイでした。
 楽しいダイビングの後は、またまた辛い時間。船に引き上げられ、ビーチに戻ると、また数人に担がれて車椅子へ、砂浜を移動し、階段を上がってショップへ。ただし、今日は齋藤さんが運び方を指導したので昨日よりは上手くなったようです。
 昨日と同じようにショップのとなりのレストランに行き、フィリピンのグリル料理で昼食をとりました。食欲も出てきて、いい調子。3本目も大丈夫そうです。
2本目 2本目
こんな風景かそこら中に モンハナシャコ

3本目
 3本目はロブスター・ロック。ここも昨日の3本目と同じような浅いポイントです。でもボラカイの浅いポイントは本当に魚や水中生物が多いのです。潜行するとゴールドスペック・ジョーフィッシュがたくさん。まずはその写真を撮ります。こなにジョーフィッシュが多いポイントは初めてです。ジョーフィッシュに混ざってウミテング、ハタタテシノビハゼも発見。おもしろすぎる砂地です。砂地を移動して行くと、ニチリンダテハゼ、クマノミ、カクレクマノミ、コクテンフグ、オイランヨウジ、そしてアンボンクリノイド・シュリンプも見ることができ、写真が撮れました。このツアー最後のダイブなので、みんな名残惜しくて1時間も潜ってしまいました。まぁ、最後の25分は8mという浅い深度だったので、この3日間のガス抜きということでOKかな。
3本目 3本目
可愛いカクレクマノミの親子 こんな感じで写真撮ってます。

アフターダイブ
 3本目のダイビングを終え、ショップに戻ってきました。9本のダイブでボラカイの海を満喫した!という気分ともっと潜りたいという気持ちが交錯しています。体調も絶好調。完全回復なのでしょうか?また、ゆーりんに魚の名前を教えてもらいながらログを付け、みんなでサインを交換します。最後に記念撮影。ゆーりん、そして一緒に潜ったジェルィンやアコスたちにお礼を言ってショップを後にしました。器材は、またトライシカットで運んでもらいます。
ログ付け 記念写真
ここでいつもログを付けました。 ゆーりんとみんなで記念撮影

 ホテルに向かって出発。これが最後だと、砂のメインストリートを進んで行きます。砂の柔らかいところやデコボコの場所は、仲間が手伝ってくれました。いつものように途中のお店でミネラルウォーターを買って、ホテルに到着。入口の階段を上げ下げしてもらって自分の部屋へ。
 車椅子のままシャワーを浴び、ベッドに寝ころんで洋服を着替え、昨日と同様夕食まで少し仮眠をとりました。30分ほど寝て、起きると、また身体が重く、筋肉痛と虚脱感、フラフラです。どうも、一回休むと疲れが出てしまうようです。昨日も数えましたが、2日間でビーチからボートへの乗り降りが12回、海からボートへの乗り降りが12回、ショップへの階段の上り下りが20回。砂浜の移動が12回。ショップとホテル間の長い砂の道が4回。手伝ってくれた人達も大変だったでしょうが、自分も疲れて当たり前でしょう。ビタミンやアミノ酸のサプリメントも飲みまくっていましたが、疲労はストレスも加わって自分の許容量を遙かに超えているようです。でもボラカイ最後の夜なので、みんなと一緒に夕食と買い物に出かけることにしました。

ボラカイ最後の夜
 買い物はボラカイで一番にぎやかな通りに、ということでやって来た通りも舗装していない砂の道。その上、スコールのせいでドロドロです。両側に立ち並ぶ商店。みんな、お土産を買い始めましたが、あまり元気のない僕は、まず商店でお馴染みになったタガログ語のラベルのリポビタンDを飲み、ついて行きますが、何せ道が悪い。ところどころには段差もあって、手を貸してもらわないと進めない状況でした。1時間ほど買い物をして、ビーチ前のメインストリートに出ます。次は夕食です。
繁華街 夜の通り
ボラカイの繁華街、タイムスリップした感じです。 ビーチ前のメインストリート

 夕食は、ビーチ前のメインストリートに立ち並ぶ、ありとあらゆる国のレストランの中から、インド料理を食べることになりました。ところが、このインド料理屋がとっても遠い場所にあったのです。砂の道を押しても押しても辿り着きません。柔らかい砂の部分もたくさんあり、何度も友人に押してもらってやっとインド料理屋に到着です。ところが!!「えっ〜!床に降りるの!!」インド風なのか、床の上に敷いたクッションに座るスタイルなのです。この瞬間に僕のストレスレベルはピークに達したようです。日本でも、仕方なく畳に降りることもありますが、このヘトヘトの状態では降りる気持ちになりません。すると、店の人が普通のテーブルを持ってきて、みんなのテーブルの横にセットしてくれました。感謝です!
 そして食事がスタート。疲れた胃をねぎらおうと注文したラッシーを飲んでみると、これが辛いのです。ラッシーは甘いヨーグルト味と決めつけていたのが間違いでした。スイートと指定しないとスパイス入りなのです。泣き面にハチ。耐えられなかったので交渉して甘いものに変えてもらいました。いつも元気で、食事の時も人一倍話して、人一倍飲んで食べる僕がこんな状態なので、みんな心配してくれましたが、なにしろ食欲が出ません。またスープとナンくらいしか食べられませんでした。食事が終わり、また長い砂の道を旅してやっとホテルに到着。翌日は早朝に出発なので、なんとか荷物をまとめ、倒れるように眠りました。

ボートへ ボートへ
 長いようで短かったボラカイツアーも出発の朝を迎えました。疲れは全く残っておらず、体調もいい感じです。でもマニラまでの道中を考えると不安でした。特にボラカイのビーチからバンカーボートへの乗船は、水上を運ばれることになるので心配になります。また足を水の中に落とされやしないか?もし体ごと水中におとされたら・・・ 着替える場所にも困ります。しかし、カティクランまで千鶴さんとボンボンが一緒に来てくれると聞いて少し安心しました。荷物はトライシカットが運んでくれるので、僕らは何度も通った道をビーチのボートステーションに向かいます。
 ビーチで記念写真を撮り、とうとう乗船です。送りに来てくれた千鶴さんに通訳をお願いして、手を貸しに近づいて来た人足の青年たちに「絶対に僕のことを濡らさないように」伝えてもらいました。また肩車されるのだろうか?すると、彼らはおもむろに近づいてきて、僕の車椅子の四隅を持って持ち上げました。お御輿か・・・ 落ちないように車椅子にしがみつくと、彼らはどんどん海の中に入って行きます。水中を進むにつれ、車椅子の位置は上がり、彼らの肩の高さになりました。大丈夫なのだろうか?

乗船 乗船
 なんとか落とされずにボートの横に到着しました。すると彼らは下から4人で車椅子ごと僕を持ち上げ、ボートの上にいる者に渡そうとし始めました。車椅子はかなり後に傾けられます。このまま後方宙返りしてダイブ!になるのではとヒヤヒヤです。踏ん張る青年達。しかしボートの甲板までは高さがあるので、なかなか上手くいきません。僕は下の者たちの頭の高さまで持ち上げられ、上の者たちが引っ張り上げています。と、ここで上の人数が少ないということになったのでしょう。僕は車椅子ごとボートの舳先近くに引っかけられ、そのすきに下の2名がボートに上がって来て、上から4人で引っ張りました。「やったー!」やっとボートの甲板に上がることができました。しかし、そこはまだボートの舳先。こんなところに乗っていたらビショ濡れになります。すると、また2名が両脇から僕を抱えて船室へ。なんとか船室の椅子に座ることができました。


カティクランの港へ
 走り出すバンカーボート。はじめて島への名残惜しさが感じられます。ボラカイ島東側のカティクラン側では、桟橋の工事が始まっていました。「でも桟橋ができると人足たちは仕事を失うんだよね。」という言葉を思い出し、とても複雑な気持ちでした。「島の自然を守るには、少し不便な方がいいんだ」という言葉にダイバーとしては賛成、車椅子の者としては複雑でした。
岸へ  そんなことを考えているうちにカティクランの港に到着です。「あとは、あの20センチ幅の板を渡って上陸か・・・」ところが、ボートは船着き場ではなく、右側のビーチの方に向かっています。千鶴さんがアナウンスを通訳してくれました。「干潮なので船着き場ではなく、ビーチの前に停めて、小型ボートで岸に渡すそうです。」「え〜っ!!」そして乗客はどんどん降ろされ、ボートで岸に運ばれていきます。僕の車椅子も運ばれて行って岸に到着しました。」ひとり残されちょっと不安な気持ち。岸の車椅子を見るとクッションが乗っていません。「クッション、クッション!」指を指して叫ぶと「OK,OK」とクッションを持っていく現地スタッフ。でもクッションを船の先に置くと立ち去ってしまいました。(写真右)「おーい、大事なクッション絶対落とすなよ!!」 岸へ
「クッ、クッションが・・・」

岸へ
 やっと僕の番がきました。ちよっと大きめのボートが到着。まず、指示をして予備のクッションを板のベンチに乗せます。そしてまた担がれて移動。船室から運び出され、バンカーボートの上から小型ボートの上のスタッフに渡され、ボートに座ります。そしてボートは水の中を歩くスタッフに押されて移動。すぐに岸に着きました。また、2人に担がれて移動です。岸にはみんなが車椅子を用意して待っています。「あと少しだ。」ところが現地人スタッフは車椅子を通り越すとビーチの斜面を上の道路に向かって走り出しました。あわてて斎藤さんが車椅子を押して後から走ってきます。車椅子を砂地の斜面を押すのは大変だと考えたのでしょうか、それとも単なる勢いで登り切ったのでしょうか、あっという間に道路に到着。車椅子に降ろされました。
岸へ 岸へ

トライシクル
 しかし、車椅子に座ると直ぐに後から押されてトライシクルに。また乗り移りです。「またかよ〜」すると、ボンボンが後から僕を持ち上げはじめました。あわてて齋藤さんが足を持ち上げます。これもサービスでしょうか、トライシクルに乗り移りました。他のみんなもトライシクルに乗り、カティクランの空港に向かって出発です。「あれ、車椅子は乗せたっけ?」きょろきょろ見回すと、トライシクルの左側に取り付けられたオートバイの後にボンボンが2人乗りして、小脇にたたんだ車椅子を抱えています。「ありえない・・・でもこの国では、ありえる。」
トライシクルへ トライシクルで

カティクランからマニラ
 すぐにカティクランの空港に到着しました。車椅子に降り、搭乗手続きを済ませます。まだ時間があるのでエアポート・ラウンジでお待ちください、ということでした。とてもラウンジなどなさそうな建物。「外にあるよ」と言われ、案内に従って進むと、飛行場の滑走路のフェンスの外に、とても立派なラウンジ、というより「ガーデン(庭園)」がありました。バナナジュースやマンゴジュースを注文し、おみやげを買ったり、ガーデンにある、小動物園や植物園を見て時間をつぶしました。こんな場所のトイレがバリアフリーだったのにはビックリでした。
 いよいよ、出発の時間が来たので、待合室に移動し、飛行機に向かって歩きます。多くの観光客は飛行機の前で記念撮影をしています。僕は、来たときと同様に2人に抱えられて飛行機の階段を上がり、席に着きました。プロペラ機のダッシュ7は、あっという間に離陸し、45分ほどの飛行時間でマニラに着陸。また担いでもらって飛行機を降り、車椅子に乗ります。「あ〜、やっとこれで担がれるのも終わりだ〜!」
ラウンジ ラウンジ
「エアポート・ラウンジこちら」 ラウンジから庭園を眺める

 空港にはファディさんと奥様のヒロコさんが会社の車が迎えに来てくれて、ハンドクラフトのお店に連れて行ってくれました。みんなでおみやげを買い、近くのショッピングセンターの中にあったフィリピン料理のファーストフードで昼食をとりました。ストレスがなくなったせいか、とても美味しく食べられました。どうも、僕のストレスはバリアフリーと大きく関係しているようです。自由に動き回れれば元気なのです。その後、マニラ国際空港まで送っていただき、ファディさんとヒロコさんに再会を約束して別れ。午後2時過ぎの飛行機でマニラを出発、日本への帰途につきました。成田空港に着くと、いつもお願いしているパーキングが車を届けてくれます。荷物を積んで乗り込み、自分で運転して自宅へ。バリアフリーを実感するのでした。

ボラカイツアーを終えて
 東京という、とてもバリアフリーな環境の中で、誰の助けを借りなくても、とても快適に暮らしている僕にとって、初めての東南アジアで、自分で動くこともできないバリアフルな環境に置かれることが、こんなにも多くのストレスを自分に与えるとは驚きでした。今までにも、アメリカ大陸を一周したときや、ヨーロッパを電車で旅行したときに、過酷な状況に面したことは何度もありましたが、自分自身で動きまわれない状況ではありませんでした。こんなにたくさん担がれたことは初めてでした。フィリピンでも都市部はバリアフリー化されている所もありました。ボラカイは、フィリピンの中で最もバリアフルな場所のひとつでしょう。でも、疲れていても海に行って潜ればストレスが解消できるのはここでも同じでした。素晴らしい海と楽しいダイビングによってストレスは解消されます。しかし、その後にはバリアフルな環境が・・・ 今までにない経験でした。同じ南の島でもカリブ海のグランド・ケイマンやフロリダ・キーでは、舗装した道路があるのは当たり前でした。都会のすぐそばに素晴らしい海が広がる沖縄の環境の良さには改めて感心してしまいます。
 「もう、舗装してない道しかないところには二度と来るもんか!」とわめいていた僕も、マニラに着いたころにはストレスもすっかりなくなり、フィリピン料理のレストランではそれまでを取り戻すほどの食事をしました。辛かった体験さえ、すでに笑い話になっていました。空港までの車の中でファディさんと話して、彼がいつか障害を持った人達を集めて、素晴らしいボラカイの海でマリンスポーツを楽しませたい、と考えていることも知りました。自然の維持とバリアフリー化の両立は簡単なことではありません。でも不可能ではないでしょう。それを手伝って行けたら幸せです。そうすれば、更にボラカイを満喫できるでしょう。
 最後に、今回のツアーを主催したヴァレンタインキッズと現地サービスのアイランドスタッフ(特にガイドのゆーりん)そして、この人たちがいなかったら、このツアーは実現しなかった、ファディさん、ヒロコさん、千鶴さん、ボムボム、そして色々な場面で手伝ってくれたみなさんに感謝したいと思います。ありがとうございました。

夕焼け