2004年メッセージと活動

豊島区長と公開対談

<2004年11月4日>
静岡県や佐賀県へのユニバーサルデザインの考え方の導入、利根川上流の河川敷のユニバーサルデザイン指針の検討、盛岡駅周辺のバリアフリー化など、バリアフリーとユニバーサルデザインだけに絞っても全国の様々な自治体のお手伝いをしてきた私ですが、「灯台下暗し。」自分の住んでいる東京に関してはスポーツ振興とスポーツ施設に関してのお手伝いしかしていませんでした。最近になって、会社のある板橋区の地域資源活用型産業活性化プロジェクトを委員としてお手伝いしていますが、自分の住んでいる東京のバリアフリーに関しては、数年前にコンサルティングを行った日本アムウェイ本社ビルのバリアフリー化だけ。このビルは、日本で初めてユニバーサルデザインの考え方をとり入れたビルとして注目を浴びたにも関わらず、地元の自治体からは依頼が届きませんでした。
そんな時、私の住んでいる豊島区の区会議員の方からの依頼で、ユニバーサルデザインについて高野豊島区長と公開対談をすることとなりました。あまりにも急に決まった話だったので、充分な告知をすることができなかったのが残念ですが、子供の頃から遊んでいた地元の池袋の街づくりについて高野区長と対談することができて幸せでした。
LRT(ライトレールトレイン)を中心に池袋の街づくりを進めようというイベントでしたが、本当の意味でのユニバーサルデザインが理解されていない現状や課題、そしてすべての人が暮らしやすい街づくりのために成すべきことについて1時間半ほど意見を交換することができました。初めてお会いした高野区長はとても気さくな方で、ユニバーサルデザインについても感心が高く、池袋を中心としたエリアの未来を熱く語っていらっしゃいました。今回のイベントによって豊島区の街づくりが本当にすべての人に優しく使いやすいものになることを祈ります。そしてこれを機会に地元の街づくりにも協力していきたいと思いました。

 

Medtrade2004

<2004年10月26~28日>
今年はHCRが10月に開催されたため、間1週間で米国の福祉機器展メドトレードへの出張となりました。毎年恒例のこの展示会では展示に加えて様々な講習会が開催されるので、それも楽しみにしています。講習会は朝8:30から1時間の講習会が毎日3つ。数多い講習会のリストの中から自分のフィールドに合ったものを選んで参加します。(写真右)今年は社員を連れていたので、シーティングの初級コース、骨盤コントロール、車椅子の様々なオプションの選択と設定、子供のための電動車椅子とポジショニング、特殊コントロールとコンピューターアクセス等の講習会に参加しました。初級の講習会でも新しい発見がいっぱい。障害者・高齢者とリハビリの分野では技術革新とそれに関わる機器の開発が毎年行われていることが再確認できました。やはり毎年勉強しないとついていけません。だから北米のセラピストにはこのような講習会への参加が義務づけられており、それを怠るとPTやOTの資格が更新できないという厳しい制度があるのでしょう。
展示会場では、主に取引先の企業の最新の製品についての説明を受けることと、契約等についての会議やミーティングを行いました。スケジュールが詰まっていて時間がないので、広い会場(写真左)を走り回って取引先のブースからブースへ回ります。かなり疲れる3日間でしたが、今年末から来年にかけて、素晴らしい新製品を数多く日本に紹介できることが解ったので苦になりませんでした。
この出張で1日だけオフの日を作り、初めてオーランドに来た社員を連れてテーマパークを案内しました。絶叫マシンだけでも10以上乗り、水の中に飛び込むジェットコースターでは全身ずぶ濡れになりましたが、みんなとても楽しんでくれたので満足でした。超多忙な出張だったので、この出張自体がジェットコースターに乗っているような感じでしたが、得るものがとても多く、多くの知人とも再会でき、親睦も深められて楽しい4日間でした。

 

国際福祉機器展・HCR2004

<2004年10月13~15日>
今年もHCRが東京ビッグサイトで開催されました。毎年書いていますが、今年も週末の開催は実現されませんでした。海外の福祉機器展のように週末に開催して、働く障害者が会社を休まなくても見にこれるようになることを切に願います。
今年も私は毎日セミナーの講師を務めました。初日は障害児の変形防止のためのシーティング、2日目は褥瘡予防と再発防止のためのシーティング、そして最終日はスタンディングの効用についてお話ししました。初日の障害児セミナーは、朝早かったのにも関わらず立ち見のスペースもなくなるほど多くの方に集まっていただきました。2日目の褥瘡予防セミナーに至っては立ち見だけではなく、床に座るスペースもなくなるほどの大盛況。(写真左)さらに最終日のスタンディングも特殊なテーマだったのにも関わらず立ち見の方もいっぱいになりました。11年間、普及に努めてきたシーティングに対する関心の高まりに大感激でした。これからも更なる普及のために尽力していく所存です。
今回もアクセスのブースは海外の輸入元との合同ブースになり、海外の担当者が多数来日して、ブースを手伝ってくれました。2日目にはチーム・クイッキー・メンバーでアテネ金メダリストの成田真弓さんもブースに遊びに来てくれました。(写真右)今年の目玉は「シーティング体験」。実際にシーティングの評価と処方をおこなって違いを体験していただいたり、圧分布測定器で座圧を測って実際に圧のかかっている箇所について視覚的に確認していただきました。スタンディングを試した方も多かったです。多くの方に興味を持っていただき、休む時間もないほどの大盛況ぶりに感激でした。今年は、名刺をおいて行かれた方だけでも1500人を超す方々にブースにおいでいただきました。実際にはその何倍もの方がいらっしゃったと思います。本当にありがとうございました。

 

オスカーピーターソン日本公演

<2004年10月4日>
中学生のときに父に連れられてジャズを聴きに行くようになった私のジャズはスイングから始まりました。高校生のころにはフュージョンの方向に走ったり、自分でサックスを習い始めてからはスタンダードやビックバンドに戻ったりF1のテーマを練習したりと、ジャズは全般的に大好きです。その中でもオスカーピーターソンを初めて聴いた時の感動は大きく、それ依頼ずっと大ファンでした。そのオスカーが1993年に脳溢血で倒れて再起不能といわれた時は本当に大ショック。しかし、オスカーは右手だけで見事にカムバック。元々、超早弾きの彼なので、片手でも素晴らしい音楽を演奏して見せました。それから11年、79歳オスカーが日本公演を行うと知り、なんとかチケットを手にいれて聴きに行ってきました。
なんとオープニングアクトは上原ひろみ。最近私が注目しているピアニストの一人です。少し遅れて開演したコンサートは、上原ひろみの目を見張るような演奏でスタート。それだけでも満足してしまいそうでした。しかし、彼女自身もスーパーヒーローと崇めるオスカーのステージが始まりました。ドラマーが現れてドラムの演奏でスタート。ベーシストが加わり、ギタリストが加わって音が厚くなっていくと、舞台の袖からオスカーがゆっくりと歩いて現れました。場内大歓声。笑顔で一歩ずつ歩いてピアノの前に座ると、何もいわずに演奏開始。若々しく力強いピアノの音にまた大歓声です。本当に右手だけで弾いているのかと疑りたくなるような演奏に双眼鏡で手元を見ると、本当に右手だけ。信じられない演奏でした。早いテンポの曲で観客をスイングさせ、最近無くなったジャズの巨匠たちに捧げたレクイエムではその悲しいメロディで観客を涙させる演奏。ジャズ・ピアニストとしてはもちろん、身体に障害を持った一人の人間としても大きなメッセージを残してくれました。
1時間半以上のステージをこなし、ピアノに掴まって立ち上がったオスカーに会場はスタンディングオベーション。ドラマーに支えられて袖に消えていくオスカーにみんな惜しみのない拍手を送りました。すると、オスカーはアンコールの拍手に答えて舞台の袖からまた現れたのです。また一歩ずつゆっくり歩いてピアノにつき、サテンドールを力強く演奏してくれました。最後に舞台を歩いていくオスカーにスタンディングオベーションで拍手が鳴りやみません。私も大きく拍手しながら、ちょっと涙ぐんでしまいました。

 

ダイビング通算本数600本記念

<2004年10月2日>
私のダイビングの通算本数が600本を迎えることになり、10月2日に記念ダイビングを行いました。場所は色々と考えた末、大好きなポイントのひとつである東伊豆の網代に決定。その理由は、網代の熱海マリーナへの感謝を表したいとう気持ちからでした。私が利用し始めてから、どんどんバリアフリー化を進めていただき、現在では最も利用しやすいダイビング施設になっているのです。あまり簡単なポイントではないので、すべての身体障害者ダイバーにお薦めという訳にはいきませんが、シニアダイバーにも喜ばれています。一般のダイバーに対しても様々なサービスを工夫・提供していて、最もお客さんのことを考えているサービスだと言っても過言ではないでしょう。この日はダイビング仲間が集まってくれて一緒にダイビングを楽しみました。お礼の意味で網代を選んだのに熱海マリーナの社長さんご夫妻からお祝いに幅80cmもある大きなケーキをいただき、感激でした。他にも友人からケーキを2ついただき、アフターダイブにみんなに祝ってもらい、心に残る区切りのダイビングになりました。ダイビングを始めて20年、パラリンピックのために水泳に集中していた8年を除くと12年、様々な場所で潜り、様々な人たちと出会うことができました。ダイビングのページにも書いてありますが、ダイビングは、車椅子から離れて、上下左右のあらゆる方向に自由に動くことができる唯一の時間であり、 仕事を忘れて、頭をリフレッシュできる唯一の時間です。仕事で疲れていても週末にダイビングに行くと、脳の疲労が回復し、次の週も力一杯働けるのです。これからも、楽しみとして、仕事の活力源としてダイビングを楽しんでいきたいと思います。。

 

 

2004カナディアン・シーティング&モビリティ・コンファレンス

<2004年9月22~24日>
今年は仕事の都合で2月に開催された国際シーティング・シンポジウムに参加できなかったので、9月にカナダのトロントで開催されたカナディアン・シーティング&モビリティ・コンファレンスに参加しました。このコンファレンスも講習会と展示会から成るもので、カナダとアメリカから多くのPT、OTを中心とするシーティング関係者が参加して勉強していました。今回私が受講したのは、ヘッドサポートに関する半日講習、重度障害児のシーティング、高齢者等のシーティング、24時間姿勢管理、手動車椅子、次世代のシーティングといったコースでした。興味深いトピックや新しい情報を入手することができました。展示会でも新製品の発表がいくつかあり、今年の国際福祉機器展での日本発表が待ち遠しいです。
今回おもしろいイベントだったのは最終日の昼食の後に行われた「シーティングスペシャリストになりたいのは誰?」と題されたミリオネア風のクイズ大会。セラピストや企業のシーティング担当者などが参加してシーティングに関する知識を競いました。最後の2人に残ったのは昨年日本に招いて上級者セミナーをしていただいたPTのシャロン・プラットさんとシーティング製品製造会社の営業部長のブライアン。最後は商品知識に勝ったブライアンが優勝しました。四択クイズの答えの中にはふざけたものもあってとても楽しい時間でしたが、シーティングの知識でクイズ大会をしていまうあたりがシーティング先進国のカナダとアメリカだと感じました。写真はクイズ大会の様子です。

 

ディープブルーとユニバーサルデザイン

<2004年8月某日>
この夏話題になった映画のひとつに「ディープブルー」があります。世界中のトップ水中カメラマンによる20もの撮影チームを世界中に配して4年半以上もの時間をかけて撮影したその映像は素晴らしいの一言に尽きます。テレビでリビューを見たとき、この映画は絶対に映画館で見なければと決心した私は、ある日曜日のダイビングからの帰りに東京で唯一上映されている六本木ヒルズのヴァージンシネマに行きました。映画自体は素晴らしいの一言でしたが、ジンベイザメやハハンマーヘッドシャークの大群、そして流氷の下の場面では、自分の体験と重ねて観ることができ、撮影スタッフの技術の高さと映像の素晴らしさに感動しました。もう一度観たい作品です。
しかしもう一度観たいのにはもうひとつ理由があります。この劇場の車椅子席はすべて最前列にあるため、スクリーンが近すぎてよく見えない場面も多かったのです。「ディープブルー」が上映されたのは650席もある最も大きな劇場でしたが、3mほど前の目線の少し上から、幅30m以上もあろうかと思われるスクリーンが広がりるのです。この近さでスクリーン全体を見ることは不可能でしょう。字幕の必要な人は更に苦労するはずです。もう一度、見直したいと思い、他の劇場の車椅子席について尋ねてみると「車椅子席は防災上の理由からすべて最前列」と言うこと。防災上と言うわりには、劇場に入るためには係員に付き添われて従業員控え室やゴミ捨て場のある裏通路から入り、係員が迎えに来ないと劇場から出られない仕組みになっていました。さらにエレベーターを降りて劇場に行く渡り廊下はアーチ状になっていて車椅子には優しくない作りでした。六本木ヒルズのような最新の施設にある劇場がユニバーサルデザインを考えずに対処型のバリアフリーと人手をかけることで車椅子に対応していることは高齢化社会と社会全体のユニバーサルデザインへの流れを考えておらず、とても残念でした。多分、障害者には誰も意見を聞かずに設計したのでしょう。
私がよく映画を観るワーナーマイカルは劇場の中ほどに通路があり、通路の前後に車椅子席または乗り移れる席があってスクリーンも見やすく快適です。もちろんユニバーサルデザインのスロープで災害時にもすぐに非難できる仕組みになっています。階下にあるサティを含めて障害者用トイレの数も多く、車椅子用の駐車スペースも各階に配備し、館内放送で車椅子用駐車スペースの必要性とお客さんの協力を絶えず呼びかけています。車椅子使用者としてはおのずとこのような商業施設に足が向いてしまいます。車の運転できる者にとっては、近くのバリアフルな施設よりも遠くのバリアフリーな施設でしょう。それがユニバーサルデザインであれば、高齢者や妊婦さん、ベビーカーを押す人などにも優しい施設となります。このような施設も増えているのですが、特に高級品を扱う商業施設にはまだ障害者を相手にしていないものが多いのが現実です。しかし働いて収入のある障害者は増えており、高齢化や脳卒中等によって障害を負う富裕層も少なくないのです。
この文章は非難するためではなく、残念な気持ちから書きました。私の属する日本身体障害者社会人協会をはじめ、コンサルティングを提供している身障者のグループがあります。後で改築するとコストがかかります。ぜひ設計時に身障者の意見を聞いてください。これからの建築物の素晴らしさは、その奇抜なデザインではなく、どれだけ自然にユニバーサルデザインになっているかで決まると思います。

 

チタン製車椅子研修

<2004年7月27~28日>
最近、我々が日本総代理店になった米国のチタン製車椅子のトップメーカーであるTiLite(タイライト)社の、工場見学と研修のためにワシントン州にある本社・工場に行って来ました。TiLite社は、米国のチタン加工のトップメーカーで、マウンテンバイクのフレームやゴルフクラブからゼロックス・コピー機の部品まで作っている会社TiSports社の子会社です。米国の車椅子トップメーカー数社のチタン製車椅子フレームをOEMで作っていましたが、そこにクイッキーから技術者と数名の営業担当者が加わり、数年前から独自の車椅子を開発して急成長。現在では世界中で販売されている車椅子のメーカーとなりました。
まず工場の見学をして感動したのは、チタン溶接技術のレベルの高さでした。グレード9のチタンと10年以上の熟練工のみを使い、精度の高いチタンの切断と加工技術、そして様々な調節が可能なジグにより、完成度の高い車椅子が製造されていました。軽さと強さに加え、リジッド性が高いことで使用者の思うままに操ることのできる車椅子が人気を得たのは当然の結果でしよう。
開発を担当するのはクイッキーでも設計の担当者だったアラン(脊損)、営業の副社長として世界中を飛び回っているのは、大分マラソンやパラリンピックにも出場し、昨年アメリカの車椅子スポーツ殿堂入りを果たしたマーティ(脊損)、そしてマーケティング担当はスピネジー社を経て今年からメンバーに加わった頸髄損傷のジョッシュです。車椅子使用者の気持ちは車椅子使用者が一番よく理解できる、ということを実践している代表的な会社だと言えるでしょう。今回、見学や講習に加え、彼らから学んだ様々な技術やノウハウは今後の日本でのシーティングセミナーや車椅子セミナーに反映させていたきたいと考えます。
写真は前列左から、営業担当副社長のマーティ、営業担当のジョッシュ、私、開発担当副社長のアラン。後列は弊社の営業と技術担当者。

 

障害児向けセミナー

<2004年7月3日>
山梨県で、障害児のためのシーティングとコミュニケーションのセミナーを開催しました。当初は、障害児のためのコミュニケーションのセミナー依頼でしたが、コミュニケーション機器を使用するためには車椅子上での姿勢が大きく影響することをお話しして、午前中にシーティングの講義として、午後から代替コミュニケーションに関する講義。そして2名の障害を持ったお子さんに参加していただき、実際のシーティングとコミュニケーション機器に対する評価と処方を行いました。
今回は、障害児とその家族、教師やセラピストの方々が対象だったため、「変形や二次障害は防止できる」ということを中心に「障害児と健常児の違い」や「座位と就寝時の姿勢保持」についてお話ししました。
セミナーの後に寄せられた感想には、「これまでの自分の考え方が全く変わった」「3年前に聞いていれば・・・」などとても反響が大きく、保護者の方の考え方に変化が見られたのが感じられました。お子さんの成長に伴う身体の変化を感じていながら、どのように対応すればよいのか、これまでに具体的な方法があることすら知らなかったのが、方法や機器について明らかになったので喜んでいただけたのだと思います。今回、私が特に発信したメッセージは「障害があるから変形等の二次障害が起こるのではないのであきらめないで。」でした。関わる人たちがあきらめずに正しい方法や機器を提供できれば、障害を持っていても健康に成長することは可能なのです。
今回のセミナーで、まだまたこのようなセミナーをたくさん開催することが必要だと感じました。障害を持った子供さんたちが手遅れにならないうちに、ひとりでも多くの方たちに知識を提供して、子供さんたちの人生を変えて行けたらと願っています。

水泳シーズン、スタート!

<2004年6月20日>
昨年から自分の健康とスクーバの基礎体力づくりのために再開した水泳ですが、10月の日本選手権が終わると、どうしても仕事が忙しいことを理由に泳ぐ回数が少なくなっていました。今年は正月から「泳ぐぞ!」と意気込んでいたのですが、職場から最も近い障害者スポーツセンターのプールが改修工事のため使えず、再開されたかと思ったら、水漏れが見つかって再工事。結局3月まで水泳を再開できませんでした。ブランクが空くと元の泳ぎに戻るのに時間がかかります。特に40歳を過ぎてからは顕著です。
しかし自分にやる気を起こさせるために、今年も大会にエントリー。そして今シーズン最初の大会の日がやってきました。セミナーの翌日というハードスケジュールでしたが早起きして会場に向かいます。今年の関東選手権の会場は多摩障害者スポーツセンター。この会場もプールがひとつしかないので自由にアップできないという問題があります。朝と昼休みにアップしましたが、自分の種目は午後の最後。調子が乗らないなか最初の種目100m平泳ぎの招集がかかりました。今回は、同じ障害クラスの選手は出場しないので、軽いクラスの選手達と一緒に泳ぎます。目標はジャパンパラリンピックの標準記録をクリアすること。しかしスタートするとどうしても隣の選手について行ってしまいます。その結果、前半飛ばしすぎて後半はバテバテ。かなり辛いレースでしたが、標準記録は突破できて、ひと安心。しかし、あまり休む時間もなく50m平泳ぎの時間になりました。このレースはアテネ・パラリンピックの代表選手・軽部くんと対決です。スタートから競り合い、前半はリードしていましたが、やはり最後でスタミナ切れ。タッチの差で負けてしまいました。その差0.89秒。「100mの疲れがなければ~」と言うのは負け惜しみ。潔く彼のパラリンピックでの活躍を期待することにしました。健康のためなんだから、そこまでやらなくても、とよく言われます。でもこういう性分なので、しょうがないでしょう。楽しみながら健康と体力維持のために競泳を続けて行きたいです。
[ニュース]軽部君がアテネパラリンピックの50m平泳ぎで銅メダルを獲得しました!おめでとう!!

 

石垣島2004

<2004年5月1~5日>
GWの休みを利用して沖縄の石垣島のツアーに参加しました。なんと石垣島で潜るのは16年ぶり。本数にして500本以上前の初心者のとき以来でした。今回は、石垣港からボートを出して石垣島と黒島で潜りました。しかし残念だったのは初日に初心者向けのポイントに連れて行かれたこと。まだまだ身障者ダイバーに対する考え方は低いようです。しかし2日目からは一般的なポイントに行くことができ、石崎マンタスクランブルでは、今回の目的のひとつだったマンタ3頭に会うことができました。その上、一頭はカメラを構えていた私に向かってきて、頭の上20cmを通過。大接近に大感激でした。3日目の大崎ハナゴイリーフではコブシメの産卵を見に行きましたが、ここでもコブシメが私に向かって来て大接近。手を伸ばせば触れる近さでした。その他にも大好きなマクロ系では、初めて見るウミウシやイシガキカエルウオ、ハナゴイの群やクレナイニセスズメなどの写真を捕ることができて満足でした。写真とログはこちら。

 

スタンディング講習会2004

<2004年4月17~18日>
我々が日本の総代理店をしているスタンディング機器のメーカー・AMI社の協力で、スタンディングのスペシャリストであるマーク・シュミット氏を招いて東京と大阪でスタンディングの講習会を開催しました。スタンディングとは障害によって立つことのできない方を立ち上がらせることで、医学的・作業的・経済的・精神的の多くの効果を得ることができる、という考え方です。我々は、シーティングとスリーピングに加えて数年前からスタンディングを日本に紹介しており、認知度もだんだん高まってきています。
昨年の3月にミネソタの本社で受けた研修がとてもよかったので、日本で開催することになりました。当初は社員と代理店の方たち向けの講習会の予定でしたが、ご要望にお応えして講習会を一般の方にも公開しました。東京の講習会にも多くの方が集まってくださいましたが、大阪で開催した講習会には100人以上の方に参加していただき、多くの方にスタンディング機器を使って立ち上がることを初体験していただきました。
これまでは人気のあるスタンディング車椅子の普及を努めてきましたが、今回、スタンディング・フレームと呼ばれる機器を中心とした講習を受けて、スタンディングとシーティングの相互的な影響についても学ぶことができました。より重度な障害の方や、ある程度の変形があっても立ち上がることができるスタンディング・フレームについても普及を進めていきたいと再確認しました。
写真は、セミナー風景とスタンディング機器のデモンストレーションをを行う自らも脊随損傷のマークさん。

 

流氷ダイビング2004

<2004年3月6日>
昨年にひき続き、北海道・知床半島の宇登呂に行き、流氷ダイビングを楽しみました。今回は流氷が溶けて薄い部分があり、ソリでの移動時に流氷の割れ目に落ちそうになって大変でした。当日は晴天で気温も-3°~-5°と宇登呂にしては高く、1本目は快適でしたが、日が陰ってしまった2本目はかなり寒く感じました。今回は周りに他のダイバーが多かったこともあり、透明度は良くなかったのですが、二度目の流氷ダイブということでリラックスして潜ることができました。クリオネはもちろん、ハナジロガシ、エゾクサウオ、ベロなど、昨年よりも多くの水中生物の写真を撮ることができました。さらに詳しい流氷ダイビングのレポートはこちらから。

 

島根県での講演と素晴らしい授産施設

<2004年2月29日>
島根県の浜田市で「浜田・那賀地域福祉フォーラム」が開催され、「活動的に高齢者・障害者が生きる環境づくり」というテーマで、優れた道具の活用と自立を可能にする環境づくりについて講演してきました。長年、私が訴え続けている「道具の活用による自立」について、理解してくださる方たちが増え始めているのはとても嬉しい事です。
その上、今回の島根の訪問で新たな発見がありました。私を招いてくださった団体のひとつである社会福祉法人いわみ福祉会が運営する授産施設を見学する機会をいただいたのですが、この授産施設「桑の実工房」が今までに見たこともないほど素晴らしい授産施設だったのです。中国地方で古くから伝えられている伝統芸能の神楽の衣装や大蛇の製作を知的障害者と地元の健常者が行っているのですが、お話を聞いてみると、衣装の製作をされていた方たちが高齢になって後継者がいなくなり、伝統の技術が廃れてしまいそうになったときに、授産施設でその技術を継承してはどうか、というアイデアが持ち上がって始まったそうです。
知的に障害のあるメンバーが分担して技術を覚え、素晴らしい製品が作成されていました。今では中国地方を中心として神楽が舞ほれている全国各地から注文がとどき、充分な売上が上がるようになり、メンバーの給料も技術力に比例して上がっているそうです。施設長さんの「彼らが生活費以外に将来の蓄えができるようにしてあげたい」という言葉が心に残りました。すでに授産施設としては素晴らしい結果を出している桑の実工房ですが、次のステップや他の分野への進出も考えているようです。更なる飛躍に期待したいと思います。

 

カパライ・シパダン・ツアー2004

<2月7日~11日>
週末に、仕事や講演・セミナーが多かったので、飛び石の休みと代休を使って、マレーシアのボルネオ島の東にあるカパライの水上コテージに滞在するダイビングツアーに参加しました。マクロ系の生物の多いカパライとダイバー憧れのシパダン、そしてマブールで合計8本のダイビングを楽しみました。マンタ、カメ、サメなどの大物も毎日見られましたが、3日目には何百匹ものギンガメアジの大群に会うことができました。まるで魚の壁のようで圧倒されましたが、その中を一緒に泳ぎ回れたことは最高の思い出になりました。最終日の夕食で私の550本目のダイビングを現地のダイビング・ショップのスタッフが祝ってくれたことも嬉しかったです。また、水上コテージのバリアフリーの良さにはびっくりしました。詳しいカパライ・シパダン・ツアーのレポートはこちらから。

 

佐賀へ

<2004年2月4日>
佐賀県に講演とお手伝いのために行ってきました。きっかけは、昨年11月に、佐賀県の古川康知事が私を訪問してくださったことでした。お忙しい知事に時間を作っておいでいただき、とても光栄でした。45歳という知事の中で最も若い古川知事は、話題も合い、気さくで、お話しが上手で、初対面とは思えないほど優しく、楽しく会話してくださいました。(写真)
お話ししていくうちに、とても嬉しいことが分かりました。古川知事は、自治省にお勤めのころ、私が編集長として創刊した日本初のスポーツ情報誌「アクティブジャパン」を定期購読してくださっていたのです。当時、アクティブでカラフルな身障者スポーツの写真を豊富に使い、最新の情報を発信していたアクティブジャパンは、大きな話題になり、日本で障害者スポーツがメジャーになるきっかけを作ったことで知られています。しかし、私が編集長として本当にやりたかったのは、身障者の地位やとりまく環境の改善でした。そこで「コンセンサス97」という記事を使って、次世代の身障者用トイレやホテルの客室について議論したり、コンセンサスを集めて身障者の考えを社会に伝えようとしました。実は私が一番やりたかったのは、この部分であり、スポーツは意識改革のためのツールだったのです。
私が感激したのは、古川知事がこの連載記事をよく覚えていてくださったことです。そして、その記憶から、私に佐賀県のバリアフリーやユニバーサルデザイン化の協力依頼を考えてくださって、11月の訪問と今回の講演に繋がったのです。今回の講演ではユニバーサルデザインと障害者のための道具の活用についてお話しした後、各部署の方の質問を受けたりコンサルティングを行いました。
今回の講演でも最前列で聴いてくださった古川知事。県民の方の間でも、県民との対話を惜しまない素晴らしい知事との評判でした。私も引き続きお手伝いできたら幸せです。