2006年メッセージと活動

ATACカンファレンス2006

<2006年12月1~3日>
障害者と高齢者の自立した生活を助ける電子支援技術(e-AT)とコミュニケーション支援技術(AAC)の普及を目的に20年前に始まったATACカンファレンスが今年も京都で開催されました。セミナー,実践紹介,疑似体験,展示会など、盛りだくさんの内容で、初心者向けから専門家向けまで盛りだくさんのセッションが今年も提供されました。最近のATACはAT(障害者支援技術)の中でも、電子支援技術(e-AT)が中心となっていたため、私の会社も電子支援技術部門のみが参加していましたが、今年は依頼をいただいてプレカンファレンスにてシーティングのセミナー講師をしました。今回のセミナーは朝10時から夕方5時まで、という6時間セミナーだったので、姿勢の基本から二次障害について午前中にお話しし、午後には、骨盤と姿勢の関係とその改善方法について症例を交えてお話しした後、ポジショニング・ベルトとヘッドサポート等の二次サポートを使用した重度な障害への対応までじっくりとお話しすることができました。長丁場だったのにも関わらず、参加者の皆様には最初から対語まで熱心に聴いていただきました。
カンファレンスでは弊社の電子支援技術部門がコミュニケーションに関わる3つのセミナーを開催しました。どのセミナーも会場に入りきれないほどたくさんの方にお集まりいただき嬉しい悲鳴でした。ボードメーカーとインテリキーのセミナーでは、実際に活用されている養護学校の先生や障害児のご家族が成功事例について発表してくださいました。実例なのでとても役立つセミナーだと好評でした。
カンファレンス開催中に行われた機器展示でもブースを出して製品の説明を行いました。今年は、弊社の車椅子とシーティングで良い姿勢を保ち、コミュニケーション機器で学校の勉強から講演まで行っている淡路島の小橋弘照君がデモをしてくれました。弘照君は脳性麻痺による四肢麻痺で顎でスイッチを押すことで、コミュニケーション機器を使っていますが、機器を完璧に駆使して使いこなしている姿に来場した方々も感動していました。弘照君は我々がお手伝いした大成功例のひとりなので、機会があればロールモデルとしてコミュニケーション機器のデモをしていただいています。重度の障害があってもこんなに素晴らしい活動ができること、修学・就業も可能な事を弘照君は自ら示してくれています。これからも弘照君が活躍していくことをサポートしていきたいと考えています。(写真上段はシーティングセミナー。下段左はコミュニケーション機器の講習会、右の2枚はブースでデモをする弘照君です。)

 

大学での講演

<2006年10月5日、11月17日>
10月に東京の法政大学、11月に名古屋の名城大学で講演しました。法政大学は今年で4回目となる恒例の講演。最初はロボット技術の福祉利用を目指す学生さん達への講演でしたが、だんだん対象が拡がって、今年は技術系から福祉系まで様々な分野の学生さんに聴いていただきました。講演会場は千代田区九段のキャンパスでしたが、他の2つのキャンパスにも中継されました。今年は「高齢者と障害者の自立支援における道具の考え方」と題して自立のための道具の駆使とユニバーサルデザインについてお話ししました。
名城大学の講演は、褥瘡なおそう会でのシーティングセミナーを聴講した薬剤師兼ケアマネージャーのMさんに推薦いただいたものでした。褥瘡予防のための車椅子の座り方の大切さ、褥瘡治癒後の車椅子での褥瘡再発予防にシーティングが不可欠だと、私の考えに賛同してくださったのです。ご自身が薬剤師を目指す学生達に褥瘡の治療について教えている方なので、学生の時から薬の知識にプラスしてシーティングについて知っておくことで絶対に将来役に立つという考えからでした。学生さん達も最後まで真剣に聴いてくださって嬉しかったです。
名古屋でごちそうになった本場のひつまぶしはとても美味でした。一人前ずつでなく、おひつで運ばれてきたので、勧められるままに何度もお代わりをいただいて満腹でした。

 

国際福祉機器展・HCR2006

<2006年9月27~29日>
HCRが今年も東京ビッグサイトで開催されました。今年も海外の取引先とのジョイントブースですが、今年は他社のブースから独立したアイランド型のブースにしました。今年の目玉は、シーティングをはじめとした製品や技術を一般の来場者に、より分かりやすく理解していただくためのショー形式のイベントです。来日した取引先の担当者にもショーに参加してもらい、質問等に答えてもらいました。実演や体験を含めたショーを3日間で13回実施し、とても好評でした。
私は今年もセミナーの講師を務めました。初日は車椅子による褥瘡予防と再発防止、2日目は障害児の二次障害防止のためのシーティングについてお話ししました。どのセミナーも立ち見が出るほどの超満員になり、嬉しかったです。会場に入れずにお帰りになった方のため今後も同様のテーマのセミナーを開催していく予定です。シーティングの普及活動をはじめてから今年で13年。シーティングに対する関心は高まる一方です。これからも更なる普及と車椅子を使用される方の問題解決のために尽力していきます。
今回もアクセスのブースでは来場された方に多くの体験をしていただきました。(シーティングの体験、電動車椅子やスタンディング機器の体験、圧分布測定器による座圧測定と実際に圧のかかっている箇所の視覚的な確認等々)今年は私が手術や入院をしたことを知って来場された方も多く、元気な姿をお見せすることができ、安心していただきました。今年も休む時間もないほどの大盛況ぶりに大感激の3日間でした。ブースにおいでいただいたみなさん、ありがとうございました。

 

盛岡初の福祉機器展

<2006年8月27-28日>
盛岡初の福祉機器展「発見!!生き活きライフ展~まんずねまって!2006in盛岡」が開催され、基調講演として「寝たきりにしない車椅子シーティング」についてお話ししました。福祉機器展の副題の「まんずねまって」とは地元の言葉で「まぁここに座って」と来客をねぎらう言葉だそうです。「座って」というのが「シーティング」に通じるように感じました。盛岡市と岩手県ではユニバーサルデザインの考え方を普及させるために何度も講演したことがあり、駅周辺のバリアフリーの懇話会の委員を務めたこともありますが、シーティングについてはあまりお手伝いしていなかったので、今回お話しすることができて嬉しかったです。3時間という長い講演にもかわらず、参加者の方には興味を持って最後まで聴いてくださいました。
「県と語ろう」と題された鼎談にもパネリストとして参加させていただいて、佐賀県で導入したパーキングパーミット制度などについてお話ししました。今回、駅周辺のユニバーサルデザイン化のお手伝いをして、盛岡駅と駅周辺が新しくなってから初めて盛岡駅を使用しましたが、メインストリームの動線で新幹線の乗り降りができ、売店をはじめとした駅構内の施設も格段に使いやすくなっていてとても嬉しかったです。駅の片隅のエレベーターからホームの端まで走って新幹線に乗っていた昔が懐かしく感じました。
今回の展示会は盛岡の身障者・福祉関係の方々が集まって作り上げた岩手初の福祉機器展でしたが、展示に加えて、福祉用具体験会、電動車椅子試乗会、街づくりのシンポジウム、車椅子バスケットのフリースロー・トライ、ダンス発表、作業療法士相談コーナーなど、盛りだくさんでした。これから回数を重ねていって東北を代表する福祉機器展になっていく予感がしました。(ごちそうになった焼肉と冷麺はとても美味しかったです。何度食べても盛岡の冷麺は美味しい!)

 

ユニバーサルデザイン講演会2006

<2006年8月11日>
来年11月に静岡県で開催されるユニバーサル技能五輪国際大会のユニバーサル監修プロデューサーとして直面している最大の問題は静岡県のバリアフリーなホテル客室の少なさがあります。これは静岡県に限ったことではなく、全国を見回しても大都市以外ではバリアフリーな客室数は1~2室しかない県がほとんどです。驚くべきことに国体の後の全国障害者スポーツ大会やアビリンピックのホスト県も同様であり、中には車椅子対応の部屋が皆無という県もあります。全国の都道府県から車椅子選手が集まる大会なのにいったいどうやって対応したのかというと、参加者が無理をして何とか対応しているのが現実です。私自身十数年前に全国障害者スポーツ大会に選手として参加したことがありますが、当時も参加する車椅子選手の数だけバリアフリーな客室を用意することができず、車椅子の選手は入浴やトイレを使うために床に降りて這って対応していた思い出があります。「アスリートなんだから自分で何とかしろ」という風潮さえありました。しかし来年の大会はスポーツではなく職能を競う大会であり、無理をして選手が怪我をして大会後の仕事や生活に影響が出ては困ります。大会期間中快適に過ごしてもらい、ベストなコンディションで競技に参加してもらうというのが私の希望です。
静岡県のバリアフリーな客室を増やすために考えたのが今回の講演会です。目標である100人の車椅子選手が泊まれる客室を作るためにはハートビル法や街づくり条例の規制では不十分。そこで宿泊施設関係者に集まっていただき、この機会にバリアフリーな客室を作ることで大会後もユニバーサル・ルームとして使用でき、高齢化社会の流れの中で顧客獲得にも必ず役に立つ、ビジネスとして成り立つということを「ユニバーサルデザイン化でリピーター率100%」と題してお話ししました。講演の中では低予算で簡単にバリアフリー化する方法や小さい客室でも車椅子で使用できることなどについてもお話ししました。
多くのホテル関係者に集まっていただき、実際にホテルの中でユニバーサルデザイン化のアドバイスも行いました。静岡県は来年の大会のために施設をユニバーサルデザイン化するホテルのために助成金を提供してくださることになりました。このふたつの相乗効果で来年の大会までに100人の車椅子選手が泊まれる客室を作ることを目指します。長野のパラリンピックでも他の大きな障害者の大会でも達成できなかった目標ですが、ぜひ達成して新しい日本の標準にできればと考えています。

 

褥瘡なおそう会講演

<2006年7月16日>
大阪で開催された、第15回褥瘡なおそう会で褥瘡予防と再発防止のためのシーティングについて2時間の講演をさせていただきました。この会は全国の医師・看護師・薬剤師で褥瘡の治療に特に熱心に取り組んでおられる方達の集まりです。私は、8年前の1998年に滋賀県で開催したセミナーに参加された褥瘡なおそう会代表のF先生のご依頼を受けて翌年愛知県で開催された第7回大会で初めて講演をさせていただきました。これがきっかけとなってシーティングについて看護雑誌に記事を書かせていただきました。その後も2003年に開催された褥瘡なおそう会の第2回関東支部会でも講演させていただきました。
そんなことから、知っている方、懐かしい方達にお会いすることもできて、とても楽しい会でした。講演も好評でした。その後に行われたグループ・スタディにもオブザーバーとして参加させていただきました。このグループスタディは、参加者の皆さんが実際のケースを持ち寄って意見を交換するするというもので、褥瘡なおそう会の特徴のひとつでもあり、この会をとても臨床に役立つ勉強会にしている理由だと思います。治療についてF先生が、薬剤についてH先生がアドバイスし、私は車椅子が関連する(または車椅子で治すことのできる)ケースについてアドバイスをさせていただきました。
その晩に行われた懇親会では参加者の方達がひとりひとり自己紹介をしたのですが、その時に何人もの方達が、私がお手伝いした患者さんが今でも元気に車椅子で活動されていることを話してくださいました。とても嬉しかったです。このようなお話を聞くことが私の生き甲斐であり、さらなるやる気につながります。これからも褥瘡で困っている車椅子の方達をひとりでも多くお手伝いできればとあらためて思いました。

 

日本初パーキングパーミット制度スタート

<2006年7月7日>
私が佐賀県のユニバーサルデザイン推進プロジェクトの目玉として進めてきた身体障害者パーキングパーミット制度が遂に完成してスタートしました。身障者用駐車場の違法駐車は車椅子使用者にとって大問題です。心ない人達の違法駐車はもとより、市販の車椅子マークを車に貼って健常者が違法駐車する事件さえ頻発しています。しかし今まで根本的な解決策は考えられませんでした。私は問題の根源は、身障者用駐車場に駐車するための基準がないことだと考えました。欧米にはパーキングパーミットと呼ばれる駐車許可証があって、身障者ドライバーはこの許可証を提示することで身障者パーキングに駐車することができます。反対に身障者ドライバーでも許可証の提示がなければ違法駐車と見なされてレッカーされることさえあります。これは義務と権利をベースとした考え方で、これがあるからこそ身障者用パーキングが上手く運営され、数もどんどん増えているのです。
私はこのパーキングパーミット制度の日本への導入を長年訴えてきました。そして一昨年からユニバーサルデザインの導入をお手伝いしている佐賀県で今年3月に完成した佐賀県UD推進指針の中でパーキングパーミット制度の導入を提案したところ、古川知事の絶大なる支持を受け、県庁の方達と検討を重ねた結果、日本で初めてのパーキングパーミット制度が完成し、導入が決定しました。佐賀県のパーキングパーミットは米国の制度を参考にして、身障者だけではなく高齢者や一時的障害者(怪我人や妊婦)にも一定期間パーミットを提供するユニバーサルな制度になっています。民間施設(店舗、ホテル、銀行、郵便局、結婚式場等)はいずれも協力的、特に大手スーパーやショッピングセンターは施設管理上一番悩ましい問題だったことから、非常に協力的でした。
そして7月7日の古川知事の定例記者会見で佐賀県のパーキングパーミット制度の導入が発表されました。私としては長年の夢が叶って嬉しい限りですが、これはまだ入口の段階。この制度が日本中に波及して拡がることが最終的な目標です。身障者をはじめ歩行に問題のある方が駐車場の問題から解放され、いつでも快適に駐車できるようになることでアクティブに外出する方が増えたら日本の社会自体も元気になるのではないでしょうか。そうなったら嬉しい限りです。
写真は左から、身障者用パーミット、一時的障害者用パーミット、専用駐車スペース用標識です。古川知事の記者会見はこちらで動画配信されています。古川知事のホームページではパーキングパーミットと私のことを書いていただいています。「週間yasushi」から「2006年7月」をクリックしてください。

 

復帰後初の講演・日本社会福祉士会全国大会の基調講演

<2006年6月2日>
癌の手術から復帰後初の講演は、昨年から依頼をいただいていた第14回日本社会福祉士会全国大会の基調講演になりました。大きな大会での基調講演。とても光栄に感じて大宮ソニックシティの大ホールのステージに上がりました。この講演の対象者は社会福祉士の方々。仕事で関わることはありますが、社会福祉士の仕事は私が関わる障害(児)者や高齢者に関わるものだけでなく、女性や生活保護など多岐に及び、私が関わっている分野だけではないのでお話しをいただいた当初は躊躇しましたが、私がサービスを受けている当事者であり、福祉機器の提供者でもあるということ。そして日米のリハビリを受けて両国で生活したことがあるという特殊な経験から社会福祉士の皆さんに役立つ情報もあるのではないかと考えてお話しさせていただきました。
講演では、日米のリハビリの目的の違い、日米のソーシャルワーカーの違い、目先のことではなく、当事者の人生と可能性を信じて長期的な展望を見据えた対応の必要性、車椅子使用者でも元気な高齢者になれるという事、車椅子の違いで使用者の快適性や介護負担が大きく変わり、家族全体が健康で幸せになれるという事などについて私が関わってきた実例を使ってお話ししました。
心配していた社会福祉士の方の反応でしたが、アンケートによると全体の84%が良かったと回答してくださったそうで、未記入の方も含めるとほぼ全員がプラスの評価をしてくれたそうです。「良くない」の回答がゼロだったそうで、事務局の方からは、千人以上の参加者のイベントとしてはすごいことだと思うとのお言葉をいただきました。癌の手術を受けて新しいスタートを切って初の講演が上手くいってとても嬉しかったです。

 

手術成功

<2006年3月23日>
膀胱癌の手術のため癌研有明病院に入院して3月23日に膀胱全摘と回腸導官によるストマ形成の手術を受けました。手術は大成功。再発の心配も転移の心配もないそうです。ストマによる排尿は慣れてしまえばとても簡単で日常生活にも支障はありません。体力の回復を待って水泳やダイビング にも復帰する予定です。オストメイトになったことで内部障害者4級に追加認定されました。これからは身体障害者だけでなく内部障害者の端くれとしても活動を報告していきたいと思います。
癌が発見されたのは昨年の12月末のこと。尿検査の結果が悪くて再検査になりました。実はこの年の2月に癌の疑いがあると言われ、病院に入院して実際に内視鏡を使って細胞を採取して検査をしました。その結果、癌ではないということで安心していました。その後3ヶ月ごとに尿の検査と診察を続けました。12月のエコー検査では膀胱も左の腎臓も良い状態だと言われて安心して帰ったのですが、年末に病院から尿検査の再検査の連絡が届き、正月開けの尿の細胞検査の再検査によって膀胱癌が発見されました。内視鏡で確認しても確かに膀胱癌が拡がっていました。なぜそれまでに発見されなかったのか疑問です。
紹介状を手に癌研有明病院に。とても素晴らしい泌尿器科の先生でしたが、2つの病院でセカンドオピニオンをいただくことをお話しして、平行して検査を行いました。またこの期間に友人である、医師、看護師、理学療法士などの専門家から適切なアドバイスがもらえたことは本当に私の気持ちを明るくしてくれるとともに手術を受ける決断をするのに役立ちました。最終的に膀胱全摘と回腸導官によるストマ形成の手術を選択し、ストマの形成をはじめ膀胱の手術に素晴らしい経歴をお持ちの癌研有明病院泌尿器科部長の福井先生に手術していただくことを決定しました。
3月20日に入院して23日に手術が行われました。手術では前述の他に以前から機能していなかった右側の腎臓、そして前立腺も摘出することになりました。その結果手術は9時間の大手術になりました。しかし術後の経過はとても良く、病院のETナースや看護師の方がストマに関する専門的なアドバイスをくれたので退院時にはストマの交換も問題なくできるようになりました。退院後は、手術前のように活躍できるようになることを目標に今回の手術を選択したのですから、がんばってその成果を皆様に見ていただきたいと思います。

 

 

佐賀UDとラジオ出演2006春

<2006年3月14日>
昨年一年間お手伝いしていた佐賀ユニバーサルデザイン推進指針が完成したのを機会にまた佐賀県に行ってきました。今回は県庁で広岡会長が指針を古川知事に提出した後に推進指針検討状況知事報告という形で知事から4人の委員代表に質問があり、お話しすることができました。以前お会いした時と同様、我々と同じ目線でお話ししてくださる知事はとても親しみやすくて私の緊張もすぐにほぐれました。佐賀県の方に対しては地元の言葉を使って話されているのはとてもいい感じでした。
その後、古川知事の依頼で知事が古川康個人として毎週土曜日に放送しているラジオ番組「Break!」に出演するために収録場所に向かいました。びっくりしたのは、私の乗り込んだタクシーに知事が一緒に乗ってこられたこと。番組の前にも話がしたかったから、と言っていただき、本当に色々な話をしながら収録場所のレストランに着きました。そのおかげで番組では充分リラックスして話すことができました。知事が私との出会い(私が編集長をしていた雑誌を読んだ時の話)をお話しされ、そこから私が佐賀県のUDをお手伝いするようになった話。さらには私の会社のことやシーティング、そしてパラリンピックやダイビングまで、20分弱の番組なのに盛りだくさんのトークで楽しい時間でした。収録終了後にはそのレストランで美味しい中華料理を食べながらさらにお話をさせていただきました。佐賀県のUD化の話は特に盛り上がりました。とても楽しい時間で、古川知事への親近感と佐賀県をお手伝いしていく気持ちが一段と強くなりました。
昼食後は知事とお別れして県庁の方達と合流し、建物のUD化チェックをしました。その後県庁に戻って県庁舎の案内サインとこれからのUD化についてミーティングをしました。私がお手伝いした県庁の新しい身障者用駐車場も見ることができました。とてもよくできていました。朝一番の便で来て、最終便で帰るまで、盛りだくさんの1日でしたが、知事との楽しい時間もあり、充実した佐賀での1日でした。
このラジオ収録や私に関わる話を古川知事のホームページで取り上げていただいています。After the BREAK!から2006/04/01をクリックしてください。